みなさんは、あの名作『美女と野獣』が本当はどのような物語なのかを知っていますか?
エマ・ワトソンを主役に実写映画化もされた『美女と野獣』ですが、原作は文庫本で20ページちょっとの小品です。この物語を世界的に有名なアニメ作品に仕上げたのは、やはりディズニーの手腕だと言えます。
この物語は古くから伝わる民話がもとになっていますが、きちんと書にまとめた原作者が2人います。
簡単にまとめてみました。これを読めばあなたも『美女と野獣』がもっと好きになりますよ。
2つの原作がある『美女と野獣』
『美女と野獣』の物語は、ヨーロッパでは古くから知られていました。
書物として世に出たのは1740年が最初で、著者はフランスのヴィルヌーヴ夫人(ガブリエル=スザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ)です。
俗に”ヴィルヌーヴ版”と呼ばれる最初の『美女と野獣』は、現在広く知られている物語とは比較にならないほど細かい設定のある長編小説でした。
それを子ども向けにふさわしいように短く編集したものが、1756年にボーモン夫人(ジャンヌ=マリー・ルプランス・ド・ボーモン)の著書として出版されました。
現在広く知られている物語はボーモン版になります。
美女と野獣 [ ボーモン夫人 ]
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ボーモン版『美女と野獣』の前半のあらすじ
ボーモン版の『美女と野獣』の前半部分は、以下のような内容です。
3人の息子と3人の娘を持つ裕福な商人がいました。
娘たちは3人とも美人でしたが、上の二人の姉は高慢で、貴族を相手に遊んでばかりいました。
末っ子のベルは姉たち以上に美しい娘でしたが、優しくて気立てもよく、貧しい人たちにも親切で、心根が誠実でした。
2人の姉はベルばかりがもてはやされるので、いつも嫉妬していました。また、自分たちと違い読書ばかりしている妹をバカにしてもいました。
ところが商人は、商売で大損をしてほとんど無一文になってしまいました。一家は郊外の家に移り住み、貧しい暮らしを強いられることになりました。
商人と3人の息子たちは生活の糧を得るために土地を耕し始めました。が、姉2人は遊び暮らしていた日々が忘れられず、家事一切を妹のベルに押し付けて一日中何もせずに悪態ばかりついていました。
細々と商売を続けていた商人でしたが、ある時、買い付けた品が届いたという知らせが入り、港へ出かけることになりました。
娘たちに何か買ってきてほしいものはあるかと聞いたところ、姉たちはドレスや髪飾りをねだりましたが、ベルは何も頼みませんでした。届いた商品が全て売れたとしても儲けはあまりないことを知っていたのです。
でも、自分だけ聞き分けがいいと姉たちがまた何を言い出すかわかりません。ベルは父親にバラを一輪持って帰ってくれとお願いしました。
商人が港へ行ってみると、彼の買い付け品は裁判沙汰になっており、結局一文にもならないまま帰る羽目になりました。
しかも家路へと急ぐ途中、大きな森を抜けようとして道に迷ってしまいます。雪も降りだして凍え死にそうになっていると、森の奥に明かりが見えました。
近づいてみると、それは大きな館でした。暖をとらせてもらおうと商人は中に入っていきましたが、誰の姿もありません。でも食堂には火のついた暖炉と、テーブルいっぱいに並べられたおいしそうな料理が用意されていました。
商人は飢えに耐えきれずに料理をほおばり、ワインを飲み、その夜は広間の奥のベッドで眠りました。
朝起きると、清潔な服とココアが用意されていました。商人はココアを飲み終え、誰ともわからない館の主に感謝を述べると、館を発つことにしました。しかし館の敷地にあったバラのトンネルをくぐっている時にベルの言葉を思い出し、ついついバラのついた枝を折り取ってしまいます。
その瞬間、恐ろしい姿をした野獣が商人の目の前に現れました。
「この恩知らずめ!一夜の宿を与えて食事をもてなしたのに、私が大切にしているバラを盗むとは何事だ」
恐れおののいた商人は懸命に謝りました。商人の命乞いを聴いていた野獣は、彼に娘がいることを知るとこう言いました。
「お前の娘が自分の意志で、父親の代わりに命を差し出すというのなら、お前の命を助けてやろう」
商人は娘を身代わりにしようとは思っていませんでしたが、最後に一目会いたいと思い、野獣に3か月だけ猶予をもらって家に帰ります。
家に帰りついた商人はベルにバラの枝を手渡し、泣きながら娘たちに一部始終を話しました。姉二人は大声でベルに悪態をつきました。でもベルは涙を流すことなく、自分が身代わりになることを申し出ました。
アニメの設定では、ベルの父親は”発明家モーリス”に変えられており、3人の兄や性悪な姉2人も存在しません。また最初の構想では、ベルにクラリスという妹がいるという設定だったことが知られています。
本作のディズニーヴィランであるガストンも、原作には登場しないオリジナルキャラクターです。これは原作に登場する嫉妬深い姉たちの代わりであるとも言えます。
ヒロインのベルには本名があるのですが、子どものころから美しかったので、人々は”ベル・アンファン(belle enfant)=一番美しい子”と呼んでいました。それが大人になっても続き、いつしか”ベル”が彼女の名前代わりになりました。
フランス語のbelleは「一番美しい子」「小町」というような意味で使われる言葉ですから、ベルはよほど美しかったのでしょう。
アニメではそのあたりの説明はなく、村人からは”いつも本を手離さない、美人だけど変わっている子”という目で見られているようです。
”子ども”を指す言葉は、英語ではチャイルド(child)、フランス語ではアンファン(enfant)、イタリア語ではバンビーノ(bambino)です。子鹿の「バンビ」はイタリア語っぽいですね。
余談ですが、アニメの冒頭で森の中にバンビの母親が登場しているというのがもっぱらの噂です。
ボーモン版『美女と野獣』の後半のあらすじ
原作の後半は、アニメ版の内容と比べるとかなりシンプルです。
野獣の館に出向いたベルは、最初こそは野獣に食べられてしまうのではと恐れていましたが、野獣から思いもよらない手厚いもてなしを受けて、気持ちが和らいでいきます。
ただ、毎晩夕食の席で受ける野獣からの求婚だけは頑なに拒み続けました。
野獣と暮らすようになって3か月。
ベルは野獣に心を許していましたが、結婚を迫る野獣に対して、いつまでも友達でありたいと願っていることを伝えます。そして、父に一目会いたいので一度家に帰してくれるよう頼むのでした。
野獣はベルを心から愛していたので、そのまま父親のもとに留まってもいいと言いましたが、ベルは野獣が愛おしくなってしまっていたので、8日後には戻ることを約束しました。
野獣はベルを一瞬で家に送り届けただけでなく、ダイヤをちりばめたドレスなどが入った長持ちも一緒に持たせてくれましたので、帰ってきたベルの話を聞いた姉たちは嫉妬に狂い、ベルを野獣のもとに帰さないことにしました。
姉たちに引き留められ、8日を過ぎても野獣のもとへ帰ることができなかったベルは、10日目の夜に野獣が館の庭で倒れて死にそうになっている夢を見ました。
居ても立ってもいられなくなったベルが館へ戻ると、夢で見たとおり野獣が庭で倒れていました。ベルがもう帰ってこないと思った野獣は、何も食べずにこのまま死んでしまうつもりだったと言います。
死にかかっている野獣を見て、ベルは自分がどれだけ野獣のことを想っているかということに気づかされます。そして野獣を抱きしめて言いました。
「あなたは死にません。なぜならあなたは私の夫になるのですから。私はあなたを愛しています。」
その言葉を言い終わった途端、館全体が光り輝き、花火や音楽が鳴り響きました。そして野獣の姿は消え、ベルの前には天使のように美しい王子が横たわっていました。
意地悪な老仙女によって醜い姿に変えられ、元の姿に戻るためには美しい娘が野獣との結婚を承諾しなければならなかったのだ、と王子はベルに話しました。
二人が屋敷の大広間に入っていくと、そこには仙女の女王と、ベルの家族全員がいました。仙女の女王が全員を大広間に集めていたのです。そして、仙女の女王がベルに言いました。
「美しさや知性よりも美徳を選んだあなたには、褒美を受け取る資格があります。あなたは立派な王妃となるでしょう」
そして2人の姉に向かうと、こう言いました。
「あなたたちは生きたまま石像になりなさい。館の入口に立って妹の幸せを見守るのです。心の醜さが治れば元の姿に戻れますが、おそらくそれは無理でしょう」
ベルたちは王子のいた王国へ移り住み、2人は結婚しました。そしてその国を平和に治め、末永く幸せに暮らしました。
原作では、意地悪な姉2人に最後に罰が下ります。おとぎ話によくある信賞必罰です。アニメではオリジナルキャラのガストンが代わりに罰せられる役を務めます。
ヴィルヌーヴ版との違い
ヴィルヌーヴ夫人が書いた『美女と野獣』では、王子を野獣の姿に変えた老仙女に細かい設定があります。
もともとは王子の養育係だった老仙女ですが、成人になった王子に結婚を申し込み、それを断られた腹いせに王子に野獣の呪いをかけたのでした。
そして王子に知性を示すことを禁じた上で、自らの意志で野獣にその身をささげる乙女が現れない限り呪いを解くことはできないと告げます。
またヴィルヌーヴ版では、元の姿に戻った王子の前に現れるのは仙女の女王だけではなく、王子の母親である王妃も一緒に登場します。しかも王妃は、ベルが商人の娘であるという理由で結婚に反対します。
ここで、仙女の女王からベルの出生の秘密が明かされます。
ベルの母親は仙女の女王の妹で、父親は王妃の弟である幸福島の王。
仙女界では若い仙女は人間との婚姻が禁じられていたため、ひとりの悪い仙女の断罪によりベルの母親は幽閉されてしまいます。
しかもその時、悪い仙女はベルにも呪いをかけました。その呪いとは、将来怪物と結婚する運命にある、というものでした。
幸福島の王は妻が突然いなくなったことを大層悲しみ、忘れ形見であるベルを溺愛しました。
そんな幸福島の王に劣情を抱いたのが、悪い仙女でした。悪い仙女はベルの養育係として城に入り込み、王を誘惑しますが全く相手にされません。
悪い仙女は王の愛情を一身に受けるベルを排除すべく画策し、家臣にベルを誘拐させて森の中で殺させようとします。
悪い仙女の行動を見張っていた仙女の女王は、森の中でベルを救い、ちょうどその頃に乳母の家で病死した商人の娘と入れ替えました。
この悪い仙女こそが、その後王子に呪いをかけることとなる仙女だったのです。
ベルが王家の血筋であることを知った王妃は二人の結婚を認めます。そこに幽閉を解かれたベルの母親の仙女や、ベルの家族も登場し、婚姻を祝う宴が盛大に始まります。
ベルの出生の真相や、王子が野獣の姿にされるまでの経緯など、ボーモン版でもアニメ版でも省略されてしまった設定がヴィルヌーヴ版にはありました。
仙女界の位階や、背景となる人間関係など細かい部分まで描かれているヴィルヌーヴ版は、さながら一大叙事詩のようなスケールを感じさせます。
現在では日本でもヴィルヌーヴ版が入手できますので、一読をお勧めします。
美女と野獣[オリジナル版] [ ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ ]
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おわりに
以上、『美女と野獣』の2つの原作についてのお話でした。
『美女と野獣』はディズニーの映像と音楽があまりに素晴らしいために、作品のイメージを塗り替えてしまいました。
でも原作を読んでみなければわからないような物語の背景もあります。それを知った上で改めてアニメを鑑賞すると、また違った視点から楽しめると思います。
★ベルの名前の由来は・・・
⇒ベルの出生の秘密!? 原作を読まなければわからない『美女と野獣』の裏設定