ディズニーが1998年に発表したアニメ作品『ムーラン』は、中国に古くから伝わる「花木蘭(ファ・ムーラン)」の物語をもとに作られた半オリジナル作品です。2020年には実写映画も公開されます。
この『ムーラン』の元となる作品は、『楽府詩集』に収められた「木蘭辞(もくらんじ)」という、たった62行の五言古詩です。
本記事では名作として語り継がれる「木蘭辞」の内容を紹介します。
読み人知らずの「木蘭辞」
11世紀に北宋で編纂されたとされている漢詩集『楽府詩集』には、読み人知らずの詩が多く収められていて、「木蘭辞」もそのひとつ。誰が作った詩なのかはわかりません。
しかしながらこの「木蘭辞」は、作品は短くとも発表されて以来今日に至るまで多くの人の心をつかんで離さない魅力があり、中国では昔から「花木蘭」として映画や京劇などにアレンジされて親しまれてきました。
この「花木蘭」の物語をもとに、魅力的なヒロインであるファ・ムーランを誕生させて世に広めたのが、1998年に公開されたディズニーのアニメ映画『ムーラン』です。
「木蘭辞」の内容
『ムーラン』の原作となった漢詩「木蘭辞」の全文と意訳です。
木蘭當戸織 戸口で機織り機に向かう木蘭
不聞機杼聲 でも機織りの音は聞こえず
唯聞女歎息 ただ嘆く彼女の声が聞こえる
問女何所思 彼女に問う、何を思うか
問女何所憶 彼女に問う、何を憶うか
女亦無所思 彼女は言う、何も思わず
女亦無所憶 彼女は言う、何も憶わず
可汗大點兵 国王は多くの徴兵を求めている
軍書十二巻 軍書は十二巻に及び
巻巻有爺名 その全てに父の名あり
阿爺無大兒 父に替わり出生する息子は無い
木蘭無長兄 木蘭に兄はいない
願爲市鞍馬 こうなれば私が馬に乗り
從此替爺征 父に替わり出征しよう
西市買革薦 西の市で鞍を買い
南市買轡頭 南の市でくつわを買い
北市買長鞭 北の市で長鞭を買う
旦辭爺孃去 翌日、父母に辞して出立し
暮宿黄河邊 暮には黄河の辺で野宿する
不聞爺孃喚女聲 父母の娘を呼ぶ声は届かず
但聞黄河流水鳴濺濺 ただ黄河の水流が嘆くのみ
且辭黄河去 やがて黄河を辞して去り
暮至黒山頭 暮に黒山の頂きに至る
不聞爺孃喚女聲 父母の娘を呼ぶ声は届かず
但聞燕山胡騎鳴啾啾 ただ燕山の兵士たちの声が聞こえるのみ
關山度苦飛 関山、度(わた)りて苦飛す
朔氣傳金木斥 北方の冷気が銅鑼と拍子木を伝え
寒光照鐵衣 冬の光が兵装を照らす
將軍百戰死 将軍は度重なる戦いの後に死に
壯士十年歸 勇敢な兵士(娘)は十年して凱旋す
歸來見天子 帰国して国王に謁見すると
天子坐明堂 王は宮殿で兵士迎える
策勳十二轉 兵士(娘)は十二階級特進し
賞賜百千彊 百千もの褒美を賜る
可汗問所欲 国王が兵士(娘)に願いを問うと
木蘭不用尚書郎 木蘭は高い位を求めず
願馳千里足 願わくは千里の先にある
送兒還故郷 故郷へ私を帰らせて頂きたい、と
出郭相扶將 二人支え合いながら郭の外まで出迎え
阿姉聞妹來 姉は妹が帰ることを聞き
當戸理紅粧 戸口で化粧を整える
小弟聞姉來 小さき弟は姉が帰ることを聞き
磨刀霍霍向猪羊 刀を手に喜び声を上げて猪羊へ向かう
開我東閣門 娘は東閣の門から入り
坐我西閣牀 西閣の寝台に座り
脱我戰時袍 戦場での装具を脱ぎ
著我舊時裳 以前着ていた服を着る
當窓理雲鬢 窓辺で髪を整え
對鏡帖花黄 鏡に向かって化粧をする
火伴皆驚忙 戦友は皆驚く
同行十二年 十二年間同行していて
不知木欄是女郎 木欄が女であることを知らなかった
雄兎脚撲朔 (戦場では)雄の兎は足がフラフラ
雌兎眼迷離 雌の兎は目が虚ろ
兩兎傍地走 両方の兎とも地面に這いつくばっている
安能辨我是雄雌 どうして男女の違いが分かろうものか
戦えない父に替わり、兵士の身なりで出征した娘が遠く離れた戦場で功績を挙げ、王からの厚遇を辞して故郷へ帰り、また一人の娘に戻ります。
12年もの長い年月を一緒に過ごしていた戦友たちは、木欄が女性であることに全く気づいてなかったので驚きます。”戦場の兔は互いの雄雌(男女)の違いなどわからない”と、ユーモアを感じる言い回しで、この詩は終わります。
たったこれだけのシンプルな漢詩を中国では物語にして語り伝え、それをまたディズニーが脚色して『ムーラン』にしたわけです。それだけこの「木蘭辞」が愛されてきたことの証でしょう。
ディズニーのアニメ『ムーラン』とは?
ディズニーのアニメ映画『ムーラン』のあらすじは次のようになっています。
中原を侵略すべく侵攻してきたフン族(北方騎馬民族)を迎え撃つため、全ての家々から一人ずつ男子を徴兵する命令が皇帝から出された。
木蘭(ムーラン)のいる花(ファ)家も男子を一人出征させなければならないのに、ファ家には高齢でしかも脚を患っている父ファ・ズーしかいない。
無理に出征しようとする父を見て、優しいムーランは父に代わって自らが戦地へ赴く決心をする。
男のふりをして奮闘するも、訓練で失敗したり、仲間たちから意地悪されたり・・・。
しかしたゆまぬ努力により腕を磨いたムーランは、やがて周囲の仲間たちからも一目置かれる存在に成長していく。
そんな日々の中でムーランは、司令官のシャン隊長への淡い恋心を抱くように・・・。
雪山でのフン族との戦いでムーランは雪山を砲撃して雪崩を起こす。この奇襲によりフン族の大半は雪崩に飲まれる。
勝利を収めたムーランたちだったが、フン族の頭目であるシャン・ユーとの一騎打ちで負傷してムーランは気を失う。
そして手当てを受けたことでムーランは、女であることがバレてしまう。
文官のチ・フーは軍規違反による処刑を迫ったが、シャン隊長はムーランを救うべく「追放」とする。
しかたなく故郷へと向かう途中で、シャン・ユー率いるフン族の残党が帝都を襲うことを知り、急いで都へ引き返す。
帝都は勝利の祝宴の真っ只中。混乱に乗じて都に入り込んだフン族は急襲を仕掛ける。
ムーランはシャン隊長や戦友たちと力を合わせ、皇帝を奪還。
シャン・ユーとの一騎討ちの末に勝利を収めたムーランは、事の全てを知った皇帝から秘宝を賜り、国を救った英雄として全国民から称えられる。
娘を誇りに思い、愛情を持って迎える父・・・。
そしてそこへ、彼女へ想いを寄せるシャン隊長がはるばる訪ねてくるところで物語は終わる。
ディズニーが生み出した『ムーラン』は、ドキドキわくわくで、面白く、そして微笑ましい物語です。
コオロギと小さなドラゴンがマスコットとして登場するのは、ディズニーらしいご愛敬。もっとも、コオロギもドラゴンも中国では縁起もののキャラクターですが・・・。
ディズニーの実写映画『ムーラン』とは?
2020年に封切りの実写版『ムーラン』。こちらは主人公ムーランをアジアン・ビューティーのリウ・イーフェイが演じます。
共演する俳優陣が超豪華。フン族の頭目にジェイソン・スコット・リー、皇帝にジェット・リー、司令官にドニー・イェンという布陣。まるで香港カンフーアクション映画のようですね。
また、アニメ版にないキャラクターとして、フン族側につく魔女シャンニャンをコン・リーが演じるのも話題となっています。
アニメの重要人物であるシャン隊長は実写版には登場しません。
ムーランの父であるファ・ズーを演じるツィ・マーは、アメリカの人気ドラマ『24 -TWENTY FOUR-』でジャックの宿敵チェン・ズィーを演じたことで知られています。
2020年3月に公開予定で進められていたものの、予告映像に映ったムーランの家のセットや化粧などが中国史実とかけ離れていたことによる中華圏からのブーイングや、試写会の反応が予想以上に悪かったことを受けて、大幅な撮り直しを行ったという噂も・・・。
ディズニー作品ともなると注目度も半端ないため、いろいろな問題も付いて回るようです。
おわりに
以上、『ムーラン』の原作となる「木蘭辞」の紹介と、映画のあらすじについてでした。『ムーラン』という物語の原型を知ることで、作品を見る目が一層深くなるのではないでしょうか。
中国の「花木蘭」は親孝行の代名詞だとも言われています。優しくて親思いの娘であることこそが、長きにわたりムーランが愛され続けている重要な要素。
いずれにしても、心躍るストーリーに魅せられてしまう極上のエンターテインメント作品『ムーラン』は名作です。実写版を見たらアニメ版も見返したくなりそうですね。