『シンデレラ』と聞くと”ガラスの靴”や”かぼちゃの馬車”、そして靴の持ち主を探す”チャーミング王子”などが連想されます。どれも美しい『シンデレラ』の物語に欠かせない要素です。
ディズニーがアニメ映画『シンデレラ』を制作したのは1950年ですが、原作童話の歴史は驚くほど古く、その登場は紀元前1世紀にまで遡るとも言われています。
映画『シンデレラ』とはいろいろな点で違う、さまざまなバリエーションを持つ童話『シンデレラ』について、ちょっとだけ詳しくなってみませんか?
古代エジプトの元祖シンデレラは『ロードピス』
古代ギリシャで活躍した歴史家ストラボンは、エジプトの奴隷少女『ロードピス(Rhodopis)』の民話を記録として残しています。
最近ではゲームのキャラクターとして登場したりしているので、ロードピスの名を耳にしたことがある人も多いと思います。
#DYK An early known version of #Cinderella is Egyptian tale of #Rhodopis! Dates back to 1BC! http://t.co/5av4fSC67P pic.twitter.com/xtSTVyWdO2
— Once Upon a Zombie (@OnceUponAZombie) September 11, 2015
『ロードピス』の物語のあらすじを簡単に紹介します。
エジプトのあるお屋敷に、ロードピス(まっ赤な頬)という名前の女奴隷がいました。彼女は色白で外国人のような美しい顔だちをしていましたので、屋敷の主人には可愛がられていましたが、他の使用人たちから妬まれ、いじめられていました。
ある時ロードピスは、とても上手な踊りを披露した褒美として、主人から美しいバラ飾りのついたサンダルをプレゼントされます。このサンダルは他の奴隷の嫉妬心をさらに燃え上がらせたため、ロードピスは以前にも増して仕事を押し付けられるようになりました。
しばらくしてエジプトの王様が主催する大きなお祭りが開催され、主人のお供で使用人たちも都へ出かけることになりました。でもロードピスだけはたくさんの仕事を抱えていたので行けません。仕方なく川でいつものように洗濯をしていたところ、サンダルを濡らしてしまい、それを岩の上に置いて乾かしていました。 とその時、突然空から舞い降りたハヤブサがサンダルを咥えて飛んで行ってしまいます。
ハヤブサはそのサンダルを、都にいた王のもとへ運びました。 ハヤブサをホルス神の使いと信じた王は、自分はサンダルが足にぴったり合う女性と結婚する、というおふれを出して花嫁探しを始めます。
国中を回った末にロードビスがいる屋敷にたどり着いた王は、ロードビスの足にサンダルがぴったりと合うことを確認しました。そこでロードビスが、しまっておいたもう一方のサンダルを出して見せたので、王はたいそう喜び、ロードビスを妃に迎えました。
ガラスの靴ではなくてサンダルですが・・・。
履物が足に合う女性と結婚するという設定はまさにシンデレラ物語の原型です。
紀元前の時代からこのような物語が語り伝えられていたことには、驚くほかありません。
一般的なシンデレラ・ストーリーは・・・
現在の『シンデレラ』のストーリーは、ディズニーのアニメ映画で一気に広まり、定着した感があります。童話の世界にふさわしい映像と美しい音楽で世界中の人々をとりこにしました。
ディズニーによる実写映画化も2015年に公開されて人気を博しています。リリー・ジェームズが演じるシンデレラはいかにも現代風な感じでした。ヴィランと間違えそうなフェアリーゴッドマザー(ヘレナ・ボナム=カーター)も強烈でした。
一般的に『シンデレラ』は次のようなあらすじになります。
美しくて心の優しいシンデレラは貴族の娘でしたが、母親が亡くなった後に父親が再婚したので、継母とその連れ子である2人の姉たちと暮らしていました。父親が亡くなると、もともと底意地の悪い継母と姉たちはシンデレラにつらく当たるようになり、召使いさながらにこき使われるようになりました。
シンデレラは毎日朝から晩まで灰にまみれながら働き、ボロボロの服を着せられ、屋敷の離れにある棟のみすぼらしい部屋で寝起きさせられていました。でも心根の優しいシンデレラは感謝と希望の気持ちを忘れず、いつも明るく振る舞っていました。
そんなある日、王子の花嫁探しを兼ねた舞踏会がお城で開催されることになり、招待状がシンデレラの家にも届きました。
継母と姉たちは美しく着飾って舞踏会へ出かけましたが、シンデレラはいつもの通りたくさんの用事を言いつけられて、一人留守番です。誰もいなくなると、シンデレラは堪えきれなくなって泣き出してしまいました。
と、そこに妖精の老女が現れます。お城の舞踏会に行きたかったというシンデレラに、妖精は魔法をかけました。すると、かぼちゃは馬車に、ネズミは馬と御者になり、シンデレラは豪奢なドレスを身に纏いガラスの靴を履いた美しい姿に変わりました。
お城に着いたシンデレラは、その美しさや優雅な振る舞いで人々の注目を集めました。そして何よりも、王子が彼女の美しさの虜になってしまいます。2人は存分に踊り、語り合い、楽しい時間を過ごします。 あまりの楽しさに「夜中の12時には魔法が解けるのでそれまでに帰る」という約束を忘れていたシンデレラは、12時の鐘が鳴り出してから慌ててお城を飛び出します。そしてあまりに急いだために、城の階段にガラスの靴を片方落としてしまいます。 王子はシンデレラを追いましたが、後に残されたのはガラスの靴だけ。しかも、シンデレラがどこの誰なのか誰も知りません。 妃にするのはシンデレラ以外にいない思った王子は、ガラスの靴がぴったりと足に合う女性を妻に迎える、というおふれを国中に出し、シンデレラ探しを始めます。
王子の使いはガラスの靴を持って国中の若い女性のいる家を訪ねて回り、シンデレラのいる家にもやってきます。二人の姉たちは懸命にガラスの靴に足を入れようとしますが、足が大きすぎて履けません。そこへボロボロの服を着たシンデレラが出てきて、「私にも試させてください」と言いました。
継母と姉たちはそれを聞いて大笑いしましたが、王子の使いは「全ての娘に試させるように」という王子の命令を思い出し、シンデレラにもガラスの靴を履かせてみました。すると靴はあつらえたかのように足に合い、使いはこの娘こそ王子が探していた女性だと確信するのでした。
誰もが知っているシンデレラの物語は、その後シンデレラと王子が結婚して幸せになったという内容です。細かい部分は国によって、あるいは時代によって少しづつ異なりますが、大筋は一緒です。
各国に伝わる”灰だらけ姫”の物語
『シンデレラ』の物語には様々なバージョンが存在します。各国に伝わっていくうちに細かい部分が変えられていったと考えられていますが、主人公が灰まみれになるまで働かされている点は共通しています。
おとぎ話として書物になったものには、イギリスの『シンデレラ』、フランスの文学者シャルル・ペローが著した『サンドリヨン』、ドイツのグリム童話の中の『アシェンプテル』などがあり、またオペラ向けにアレンジしたイタリアの『チェネレントラ』も存在します。
Born #onthisday in 1628: Charles Perrault, writer of folk tales like Cinderella (Cendrillon) https://t.co/T4aJ2WwG9o pic.twitter.com/bJonXQpd7N
— British Museum (@britishmuseum) January 12, 2016
どれも”灰”を表す単語が名前の先頭についていて、原話が共通であることがうかがえます。
《名前の共通点》
英:シンデレラ(Cinderella)・・・cinder(灰)
仏:サンドリヨン(Cendrillon)・・・cendre(灰)
独:アシェンプテル(Aschenputtel)・・・asche(灰)
伊・チェネレントラ(Cenerentola)・・・cenere(灰)
なお、イギリスでは主人公の名前はエラで、継母や姉たちが「灰だらけのエラ(Cinder-Ella)」とからかっているうちにシンデレラと呼ばれるようになった、という注釈が付いているものもあります。
イギリスの物語の中では、最後に王子と結婚してエラ王妃となります。確かに、妃になっても”灰だらけ”と呼ばれるのはおかしいかもしれません。
王子が「シンデレラ」と呼ぶのは、本当はおかしな事なのです。
どの国のバージョンでもシンデレラは物語の最後まで心優しい女性です。王子との結婚が決まってからも、2人の姉に対してはこれまでと変わりなく親切に接する描写が多いようです。
シャルル・ペローの『サンドリヨン』に至っては、自分の結婚式と同時に、姉たちを貴族と結婚させてあげたりしているので、その心根の優しさは眩いばかりです。
ただ、古くから伝わる童話の中には信賞必罰のものも多く、行いの悪い人には最後に厳罰が用意されていたりするものです。グリムの『アシェンプテル』では次のような内容になっています。
アシェンプテルと王子との婚儀に出席した姉たちは、妹の幸せにあやかろうとして彼女の両側に立ちました。
新郎新婦が教会へ向かう時に上の姉が右側に、下の姉が左側に立ったところ、アシェンプテルの肩にとまっていた鳩に片方の目を食べられてしまいました。
また、協会から戻ってくる時には上の姉が右側に、下の姉が左側に立ったところ、今度はもう一方の目を食べられてしまいました。
こうして意地悪な2人の姉は、その行いの報いとして一生目が見えなくなってしまいました。
『アシェンプテル』の内容はかなり過激で、ガラスの靴に足が入らない姉たちが自分のつま先やかかとをナイフで削ったりする記述が見られます。
また、舞踏会は3晩続き、最初の2晩とも家路につくアシェンプテルを見失った王子は、3日目の晩は階段にべとべとのオイルを塗らせて、アシェンプテルの靴が脱げるように細工をしています。
ここまで遡ると、現代の子どもたちが読んでも「このシンデレラ、なんか違う・・・」という違和感しか持てないかもしれません。
おわりに
ディズニーアニメ映画・実写映画の『シンデレラ』は、子どもたちが読んだり観たりするのにふさわしい内容になっています。
でも、もともとの『シンデレラ』たちの話は勧善懲悪の色が濃い、大人のための物語だったようです。
子どもの心に夢と希望を与えてくれてこそ、おとぎ話と言えます。時代のニーズに合わせて内容が変わっていくのは、当たり前のことなのかもしれません。
シンデレラの原作に触れていいのは大人になってから、ということにしておきましょう。